自由研究は終わらない

個性とわかりにくさの境界線をさまよい歩くブログ。

ファンタジーと都市伝説は本質的に同じものって話

 

みなさんこんにちは!ベテランニートの秋山です!

最近つらつら思うことがあったので、今日はファンタジーと都市伝説って実は似てるなーって話をしたいと思います!

 

 

巷にあふれる都市伝説

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「都市伝説ってなにさ?」な人にざっくり解説しておくと、もしかしたら現実で起こっているかもしれない不思議で怖くて奥深い、信じるか信じないかは君次第な話のことです。

 

フリーメイソンチュパカブラがエリア51でキャトルミューティレイションしたりする、怪しげな雰囲気漂う例のアレなのです。

 

ちなみにウィキペディアさんではこう書いていますね

都市伝説の第一人者である都市伝説ライター[3]宇佐和通は都市伝説について「『友達の友達』という、近い間柄ではなく、特定も出来ない人が体験したものとして語られる、起承転結が見事に流れる話」と定義している[4]。また「都市伝説とは、本当にあったとして語られる『実際には起きていない話』である」「実存しない可能性が高い人間が体験した虚偽についての物語」と述べている[4]

 

 

興味がない人は全く知らないこともよくあるこの手の話ですが、好きな人は確実にいるようです。それは本が好きな人ならわかるはず。どの本屋さんでも確実にそういう本がどこかにありますから。

 

そういった話は本当なのか?おおかた嘘だけど一部はホントだったりするのか?あの日の彼女の濡れた頬を雨という嘘が覆い隠してしまったのか?

といったことにはこの記事では全く触れません。

 

今回ぼくが言いたいのは、「都市伝説って大人のためのファンタジーなんじゃね?」ってはなしです。

 

 

子供の頃は信じていたさ、サンタってやつも……

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今はスーパーで買ったお肉の「国産」表示ですら疑う大人でも、子供の頃は人から聞いた話をすぐに信じる、素直な心を持っていたはず。それこそタイトルのようにサンタさえも信じていたはずです。

 

本や映画を見れば心はすぐにその作品の世界に飛び立ち、リビングのソファに寝っ転がったからだなんか置き去りにして、草の匂い香る平原をどこまでも駆け抜け、呪いのかけられた城の地下室で財宝を見つけることができたでしょう。

 

きっとその作品を見たあとでも、本人も気づかない頭の隅っこで思っていたはずです。「もしかしたらあんなことがおこるかも」

「ロンドンの大きな駅の壁に、古い家の衣装箪笥の奥に、幽霊が出ると噂のビルの階段の上に、きっと自分が行ったことのない世界への入り口があるはず」

 

言葉にすることはなくとも、そんな気持ちをどこかで持っていた人は多いと思います。

 

しかしぼくたちは大人になってしまいます。

ドラゴンに乗って空を飛ぶどころか、飼っている犬に乗ろうとしても嫌がられるだけ、そもそも体重オーバー。

楓の杖を振っても魔法は出ず、大阪のテーマパークで夢を叶えるのが精一杯。

そんな現実を知って「あれは作り話だった」と、ぼくたちは知るのです。

 

ファンタジーは子供の世界を広げてくれる。

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しかしいつか現実を知るからといって、幼い頃にファンタジーに触れるのは無駄なことではありません。

ぼくが思うにですが、ファンタジーは子供の認識する世界を広げてくれるのです。

 

どういうことかと思った人は下の図をごらんください。

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大人と子供にかかわらず、青い部分は本人が現実だと思っている領域です。

大人は現実とフィクションをきっちり分けているのに対して、子供は映画やアニメで見たものも現実だと思っていますね。

 

 まあこれ完全に僕の勝手な決め付けですけど笑

 

このように子供は良い意味で空想と現実の違いがわかっていません。

ですから、子供にとってファンタジー作品とドキュメンタリー作品はそこまで受け取りかたに違いがないのです。

 

だからファンタジー作品を見た時も「こんな世界があるんだ」「こんな場所があるんだ」と現実のように受け取ることができ、その分頭の中の世界が広がります。

 

まるで大人が地球の裏側に住む少数民族のドキュメンタリーを見るように、子供はファンタジーを見ることができるのです。

 

 

世界の狭さを知ってしまうのさ、大人ってやつは

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しかし大人はそうはいきません。もはや呪文を唱えてもこの指先に光が飛び交うことはないと知っています。

 

地球の裏側はグーグルアースで見れますし、月の裏側の謎もアポロ計画が暴いてしまいました。会社の人間関係の裏側が見たければ普段使われていない階段を登ってみると良いでしょう。

ともかく大人は「世界を知った気」になりがちです。

 

そんな大人の凝り固まった世界観を広げてくれるのが都市伝説というものなのです。

 

 

見せてやるよ、世界の裏側ってやつを

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都市伝説はよくできたものほど、現実の歴史や世界情勢、起こった事件になぞられて作られています。

そのクオリティたるや、創作者がいるのなら「すぐにでも脚本家になるべきですよアナタ」と言いたくなるものばかりです。

 

そんな都市伝説たちは聞くものに「知らない世界」を教えてくれます。

僕たちが普段暮らしている世界のすぐ隣には、まったく違う世界が広がっている。

 

居酒屋で隣に座った人は何千年前から続く秘密結社の構成員なのかもしれない。

そこで頼んだビールには潜在意識に働きかけるメッセージが入っているかもしれない。

お釣りでもらったお札には、国家を動かす陰謀が隠されているのかもしれない。

 

 

 

 

「この世界にはまだ、自分が知らない世界があるのかもしれない」

 

 

 

そんな風に、大人になって固まってしまった頭の世界の外壁を、少しだけほぐしてくれるのが都市伝説なのかもしれません。

そう考えてみたら、今までのイメージも変わるのではないでしょうか?

 

 

 

都市伝説ってものは、もしかしたら大人のためのファンタジーなのかもしれない。

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